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天空に架かる橋 毛渡沢橋梁

上越線の越後中里-土樽間にある毛渡沢橋梁は石積の立派な橋脚が見事で以前から訪問してみたい場所でした。今回初めて訪問しましたが雄大さと歴史の重みに圧倒されてしまいました。

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上越線 越後中里-土樽間 毛渡沢橋梁 11月4日撮影



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上り線用として現役で使用されています。



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奥から手前に上り線は走ってきます。


高さがあるので列車を絡めた写真は少し離れて撮影しないと厳しいかな。



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今細々と収集しているZゲージのモジュールで再現したい橋梁です。


緑の鉄橋と架線柱、石積みの橋脚は本当に上越線らしい風景。



おまけ


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IMG_7580 - コピー


土樽付近は本当に紅葉がきれいでした。


陽があたる場所は紅葉が本当に映えますね。



上越線美食旅号の撮影ついでに立ち寄ってきた上越国境付近の鉄分スポットのレポートは今回でおしまいです。



本日もご覧頂きありがとうございます。

つちたる(土樽)駅

新潟方面へ関越自動車道を走っていると長い関越トンネルを抜けて見えてくるのが、清水トンネルに近い土樽駅。冬場は豪雪に埋もれ、夏場でも人の気配が感じられないような秘境感漂う駅で前から気になっていました。


上越線 土樽駅  すべて11月4日撮影

錆サビの駅名標。雪に埋もれてしまうからサビてしまうのか?


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駅構内は広い。除雪用の車両を格納する施設もある。

よく見るとペンション風の建物も近くにある。


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こちらも錆サビ・・・


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ログハウス風の駅舎。

ちょうど普通列車到着したみたいで若い撮り鉄さんがぞろぞろ。

上越線美食旅号が運転された日ですが、みんな電車&徒歩で新清水トンネル飛び出しのお立ち台向かったようでした。こんな辺鄙な場所でも公共機関での訪問とは感心してしまいました。撮影した後の帰りの電車待ちが大変そう。。。


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国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。

向側の座席から娘が立って来て、島村の前のガラス窓を落した。雪の冷気が流れこんだ。娘は窓いっぱいに乗り出して、遠くへ呼ぶように、
「駅長さあん、駅長さあん」

明りをさげてゆっくり雪を踏んで来た男は、襟巻で鼻の上まで包み、耳に帽子の毛皮を垂れていた。

川端康成 ~雪国より~


小説に描かれた信号所は土樽駅のようですね。私の場合、上越国境を越えるのは上越新幹線か車がほとんどですが、冬場に国境を越えると雪国だぁという感じは小説の冒頭しか知らないのに心に沁みついていますね。


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こちらは関越自動車道の土樽パーキングエリア。

トイレ休憩でちょっとだけ止まりましたが見事な紅葉でした。

越後湯沢付近に比べると標高が高いのでしょうか、山の色づきが全然違いました。


土樽付近はなんとなく秘境感漂う寂しい感じがまたいい雰囲気です。


本日もご覧頂きありがとうございます。


モノサク 鉄道遺構

モノサクでの列車待ちの間に時間もあったので、総武本線旧線の廃線跡を訪れてみました。

総武本線の電化により旧線が廃止されたのは1968年3月。今から51年前のことですが、比較的わかりやすい形で旧線跡は残されていました。



物井川橋脚跡。物井川へ向かう築堤とレンガ積みの橋脚跡がはっきりと残されていました。

右の新緑の木の下に黒い影が。狸がいました。

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橋梁跡の反対側の佐倉方面に伸びる旧線跡と思われる草道にはレンガ積みの形跡がありました。

当時の線路は単線で、亀崎踏切のもっと西側の雑木林に向かって線路が敷かれていたようです。

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こちらは亀崎踏切の南西側に位置する小さなガーダー橋跡。物井駅方面から来ると山野越踏切から西にそれて線路が敷設されていたようです。ガーダー橋から水田地帯西側の雑木林方面へは、今は農道となっている線路跡の築堤が残されていて、この築堤からも列車が撮影できる撮影ポイントでもあります。

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お地蔵さんへ久しぶりに訪ねてみました。

傍らには桜の木?があり、もう少し早い時季なら季節感がある写真が撮れたかもしれません。

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今は水田地帯に雄大な線形で線路が敷かれていますが、電化による新線開業、それにともなう旧線の廃線という歴史あってのモノサクなんですね。


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鉄道遺産 鉄道連隊橋脚 (千葉県鎌ケ谷市)

子供の頃から遊んでいた公園には大きなコンクリートの建造物が点々とありました。当時はよくボールの的あてに使っていました。
子供の頃は気にも留めていませんでしたが、のちにこのコンクリートの建造物は、地形の谷の部分にかかっていた線路の橋脚だとわかりました。








橋脚は立派なコンクリート製で全部で4つ公園の敷地内に並んでいます。


地形からみるとちょうど二和川の谷の部分にかかっていた橋のようです。

この鉄道遺構は、新京成電鉄の前身の鉄道連隊の線路跡です。
大部分は新京成電鉄にその線路は引き継がれましたが、今の二和向台からはこの鉄道橋脚がある南鎌ヶ谷付近とおり線形的には大きくUカーブしながら初富向けてに線路が敷設されていたようです。
新京成電鉄が引き継いだ際、二和向台からは鎌ケ谷大仏を通り初富に抜けるショートカットの直線の線路が敷かれてこの橋脚のあるルートは使われなくなったとのこと。


ちょうど青いルートが旧鉄道連隊の線路跡。二和向台から来るとセブンイレブン南鎌ヶ谷3丁目店の先からが谷になっており橋脚が並んでいます。
今も道路としてこのルートは現存しますが、当時の面影はこの橋脚ぐらいしかなさそうです。

集約した解説の看板です(^^;


街場の鉄道遺産は興味深いです。

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江戸川区の鉄道遺構(城東鉄道マッチ箱電車)

ぶらぶら散歩をしていると思わぬ鉄道遺構に出くわすことがあります。都営新宿線の一之江駅の商店街の歩道には「マッチ箱電車」「トロリーバス」の絵柄が描かれたタイルが埋め込まれています。まさかこの道路に電車が走っていたのかな・・・?なんて思っていたら、線路がきちんと残されていました。


城東電車 鉄道跡(江戸川区松江)


一之江境川親水公園には線路跡が残されていました。
近くの立て看板によると大正14年に東荒川-今井間で電車が開通。
昭和27年に廃線後はトロリーバスが走っていたそうです。
今は都バスがはしっているのかな。



商店街あった歩道のタイル。
こうやってなんらかの形に残しておけば後世の記憶に残りますね。




住宅街の中の鉄道遺構。
なかなか興味深いです。

本日もご覧頂きありがとうございます。

モノサク 旧線遺構

モノサクでの列車待ちの間に時間があったので旧線遺構を訪ねてみました。

今の亀崎踏切を経由するルートではなく、もっと西側に線路が敷かれていたようですね。


物井川を渡る橋梁跡と築堤が残されていました。

右の新緑の築堤下に黒い点がありますが、狸がいました。


橋梁跡の反対側の線路跡と思しきところにはレンガ積みの痕跡が。

51年前1968年までは単線非電化でこのルートを走っていたそうです。

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こちらはもっと物井寄り亀崎踏切南側に残されているガーダー橋跡。

ちょうど亀崎踏切の西側には農道として築堤が残されています。この築堤上からも列車の撮影ができる撮影ポイントですね。

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久しぶりにお地蔵さんも訪ねてみました。

もう少し早い時季なら桜の木が脇になるのでもっと季節感のある画が撮れたかと思います。IMG_6033.jpg


今となっては水田地帯に雄大なカーブで線路が敷かれていますが、電化による旧線の廃止という歴史あっての線形なんですね。


本日もご覧頂きありがとうございます。




プロフィール

熊猫

Author:熊猫
ヤフーブログから引っ越ししました。
引き続き当ブログをよろしくお願いいたします。

山男ロクヨンを中心に撮影をしています。最近はEF65PFや255系もよく撮影しています。首都圏が撮り鉄活動の中心ですがたまにロクヨンを追い求めて遠征もします。

よろしければ過去の書庫もご覧ください。

ブログ開始 2008年2月

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